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社会ニュースをつれづれに

社会ニュースをつれづれに

私事で恐縮だが,心臓の手術をした。こう言うと皆驚愕する。そりゃそうである。体の中で一二を争う重要な臓器に,曲がりなりにも手を加えるのだから,時代が時代ならば悲劇の主役だろう。

 何より自分が驚いた。というよりも怖かった。その証拠に局所麻酔のおかげで意識のあった術中,すがる何かを探した左手はずっと,仕方なく自分の左足の根元あたりをつねっており,わき上がる恐怖から目を逸らさせようとしていた。おかげで術後に看護士が気付いた時には,そこは紫色のまだらに鬱血し,どこかにひどくぶつけたのかと勘違いされたほどである。

 決して激痛に震え上がったわけではない。確かに痛みはあったものの,耐え切れないとは言い難い。私が怖かったのは,今まさに手術されているという現実だった。ついさっきまで,自分の健康はこれからもずっと変わらず続くと無邪気に信じ込んでいたのだ。ところが,実際には血と肉でできた,医師の腕一つであっさり壊れてしまう儚い物体であるという事実を突きつけられた。たとえようもなく怖くなってしまったのである。普段の私は健康診断で血を抜かれるのさえ凝視できない。血管の中を医療器具がうごめき,心臓の組織を焼き切られるなんて,いっそ悪夢だと信じたかった。

 もっとも終わってみれば,これほどあっけないこともなかった。突然心臓がありえない速度で脈打ち出したのが,木曜の午後3時。救急車で運ばれて処置を受け,常態に復帰したのが夕方。念のため一泊入院して経過を見ましょうと言われた翌朝,朝飯をかき込んでいるところへ現れた専門医が一言,「どうせなら根治しませんか」。11時から手術できると急かされ,説明を受け,書類に署名し,気づけば薄暗い船倉のような手術室に横たわっていた。手術はそれから2 時間足らず。午後1時には病室へ戻り,夜9時までは安静にベッドで寝ていたものの,治療自体は血管にカテーテルを入れた穴に,普通の絆創膏を貼られただけ。もう一泊して翌土曜の午後には自宅に戻っていた。

 驚くべきは医学の進歩である。「日帰り心臓手術も夢ではない」といった記事をどこかで読んだが,心底それを実感した。私が受けたのは「カテーテル・アブレーション」という施術で,血管を通して心臓に達したカテーテルの先端から高周波の電流を流し,心臓を不正に動かす電気信号の伝達路を焼き切るのだという。絆創膏で覆える程度の穴から入れた器具でことが済んでしまうから,体への負担が少なく,あっさり退院できたわけである。こうした技術がないころだったら,どんなに大変な手術だったか。

 今回の一件でしみじみ感じたのは,医学の進歩の先に電子産業にとって大きな市場があることだ。私が感じた怖さは,いつまでも変わらずに自分を維持したい本能の裏返しである。自分というハードウエアに生じたほころびを難なく繕い,ときには従来よりも強化する技術に,人は金銭を惜しまないだろう。日経エレクトロニクスが何度か書いているように(例えばこれ),各種の診断装置や人間の機能を再生/拡張する機器には底知れぬ可能性がありそうだ。

 個人的には後者に興味がある。人工視覚チップやロボットスーツなんて記事を読んでいると,子供のころ見たサイボーグの夢が本当に実現するのかとドキドキする。実は会社で私の前と横に座っている二人は最近,レーザで近視を矯正した。半導体技術で製造した撮像素子で視力を拡張するまで,それほど遠くないのではないか。もっとも,肝心の脳が衰えてしまえば元も子もない。そう話を落とそうと思っていたら,実は電子回路で脳の機能を拡張しようという研究もあるらしい(Theodore W. Berger氏の研究を紹介した米Popular Science誌の記事を要約したギズモード・ジャパンの記事)。こんな技術がムーアの法則の勢いで進化しようものなら,私の目の黒いうちに人の寿命は限りなく延びるのかもしれない。

 ここまで想像を膨らませて来て,恐ろしい将来が頭をよぎった。そんなに長生きしてもいいのだろうか。昨日の田島編集委員のブログは,中国をはじめとする新興国の人々が経済発展に伴い,先進国では当たり前の生活を享受するだけでも,地球温暖化という壁にぶつかってしまう悲哀を描いている。人間の寿命がどんどん延びると,地球環境への負担をさらに増やしてしまわないのか。楢山節考の老婆の真似はとてもできないが,いざとなったら悪あがきをしない度量を持ちたいものである。

 先週の健康診断でもやっぱり,血を抜かれる瞬間に目をつぶってしまった自分にそんな覚悟ができるのだろうか。
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